『テレフォン・ノイローゼ』



――進み具合はいかがですかぁ?


 大阪訛りの男の声で、これが何十回、繰り返される。そのあとに、


――最低ね、あんた。死んでやるッ!


 女の声が一回。それで終わり。また週が一回廻ったのだと知る。


 雲は多いが、降ってはいないようだ。街に出よう。原稿はもう本になって店に並んでいる筈だ。留守番電話をぼんやり見下ろしながら、決める。





 それにしても、と道すがら思う。あの声の主はどんな女なのだろうか。声の感じからするとまだ若いようなのだが・・・。毎日毎日、決まったように深夜にかかってくる。番号を間違っているといい加減伝えたほうがいいのだろうかとも思うが、面倒で、そのままにしている。


 「最低よ、あんた、死んでやる・・・か・・・」


 今どきの若い女が、こんなセリフを言うものだろうか。言うとすれば、それはどんな状況なのか――と、丁度、腕を組んだ男女とすれ違った。


 「・・・男か」




 雑誌は今週も、店頭にしっかり並んでいた。『連載小説・黄金(きん)の陽炎(第142回)――國見逸朗・・・・・・p.132』――目次の中に、私もいる。




 坂を上ると、我が家が見えてくる。門の向こうに、庭と、母屋と、幾つかの離れ。晩婚だった両親は、とっくの昔に逝ってしまった。隣の三階建てマンションのベランダで、洗濯物が取り込まれ始めた。『キャッスル國見』――余らせていた土地の幾ばくかを活用したものだ。


 鍵を開け、買ってきた雑誌を居間のテーブルに放り出すと、私はまた書斎に篭る。机の引き出しの中から、端に捲り癖のついた構想メモの束を取り出す。『賄賂』『横領』・・・抜き出した一行に、アイデアを加えていく。




 夜、電話のベルで目が覚めた。


――あんた、最低ね、死んでやるッ!


 丁度"死んで"のあたりだっただろうか。受話器を取り上げることが出来た。女の声が同時に止む。


 「あのう、番号違いますよ」


 女は答えない。私は繰り返す。
 


・・・・・・・・・・




趣味丸出し。でももうちょっと頑張ってみた。タイトルは甲斐バンド。音源で聴くならやっぱし「甲斐バンド・ストーリーII」のリミックスバージョンがいなたい感じで好みかなあ。