『漂泊者(アウトロー)』



あの歌だ。



めずらしく早退けした帰り道、立ち寄った夕暮れの本屋。ラジオから流れてきたのはあの歌だった。



もう30年も前、一日中居た毛布の中からふいに顔を出して、つけっぱなしだったラジオに、「騒がしいけれど、あたし、この歌嫌いじゃないわ」と君は言った。
あの日もこんな夕暮れだった。いつだって大して変わりゃしない夕暮れの町――子供らに帰宅を促すチャイムの音、店々のガラスに反射して、思いがけず差し込んでくる眩しい陽――



待ち合わせのあの日、君は来なかった。「あたしたち、生まれる前はひとつだったのよ、きっと」――だなんて、ほんの一日だけの恋人、所詮熱くなっていたのはこっちだけさ、と潔く諦めたふりをして、俺はそれからも日々を続けてきた。つまらぬ仕事に就き、ささやかな家庭を持ち――そうしてある日、テレビで君を見た。あの頃、どこかのスパイに連れ去られたらしい人が何人もいるとかなんとか――何人もの顔写真が並ぶ画面や、悲嘆に暮れる君の家族も見た。俺は無表情を装って、日々のニュースを眺めてた。正直、どんな顔をしていいのかわからなかった。もちろん、捜査というのに協力だってした。でも、なぜか他人事で済ますのが礼儀のような気さえして――。



ふいに、次の曲が始まった。途端にあたりが見慣れた風景に戻っていく。随分新しいのだろうその曲は、素直な言葉で今どきの矛盾を歌っている。でも俺の中で、その殆どが留まることはなく、ただ流れていく。



つまらぬ仕事にも歓びがあり、ささやかな家族にも涙があった。そんなことをようやく思い出す。過去よ、俺を連れ戻さないでくれ。そのうち彼女も「ただいま」と、画面の中で別人みたいに微笑むさ。



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ヒントになったのはこのニュースから。まあきっかけにすぎないとも言うことは出来るけど・・・。なんだかね、やっぱし、思うところはあるよね。
そんなこと言いながらもタイトルは甲斐バンドの曲から。ま、そういうこともある。