『abc...i love you』



「???」
 謎の言葉が、まだ誰もいないはずの教室に響いた。
 ギクリとして反射的に辺りを窺うと、すぐ脇に青い眼に金髪の同級生が立って、私の手元を覗き込んでいた。誰かから見下ろされるなんて随分久々で新鮮だなーって、そうじゃなくて――
「いいいつからそこにいたの勝手にひとのノート見ないでよ大体こんなの授業中の暇つぶしに書いた適当な話なんだから・・・」
 慌てて机の上のノートを閉じながら取り繕ったのだが、あまりに無反応なのでまた様子を窺うと、色の薄い顔が傾いで、困った様にこちらを見つめ返している。
「あー・・・ドント、リード」
 ノートを覆うような動作を付けながら、なんとかそれだけ言った。
 それでなんとか通じたようだった。彼がまた何か言う。
「・・・ホワット、ディドゥユー、ミーン?」
「"Entschuldigung"。ドイツ語で"ごめんなさい"という意味です」
 言いながら彼は、隣の席に座る。
「ちなみにはじめに言ったのは"wuerdigen"。あー・・・"素晴らしい"、という意味のドイツ語です。
 はじめて話せましたね――彼は同じ高さでじっと見つめながら、私の名を呼んだ。ついでに、私が返答に詰まっているのを見て、ラルフです、と自己紹介した。
「"ねえ"」
 不意に、"ラルフ"が目を閉じて、どこかで聞いたようなセリフを暗唱し始めた。
「"許してあげるからキスさせて"」
 これは私の書いてた話の――。
「やややめてよ誰か聞いてたらどうするのよ」
 どうして?とでも言いたげにまた首を傾げてから、"ラルフ"は今度は両手を広げ、続ける。芝居に入り込むようにオーバーに頭を振るので、整髪料に逆らった毛がいくつかピョンピョンと跳ねた。
「やややめてってば」
「・・・"気の置けない"男同士の心が通じ合う瞬間、を、表現しているのがとてもドラマチックです。感動します」
 ふと止まったかと思うと、"ラルフ"が述べた。どうやら"気の置けない"の意味を間違えているようだった。
「それがニッポンの平凡な高校生と異世界の王族というのも奇抜で面白いですね」
 ラルフの頬が赤く、上気しているのがよくわかる。ただ、その設定、私が考えたんじゃないけどね・・・。
「異文化交流、むずかしいです。わたしニッポンに来て2ヶ月ですが、なかなかうまく話せない。ニッポン人やさしいから、逆にそこがむずかしい・・・」
 早く誰か来ないかな・・・と思いつつ、どうしていいのかわからずうつむいて聞き流していると、「お礼と、お近づきのシルシに、ドイツの歌うたいます」と、ラルフが立ち上がった。
「ちょちょちょっとやめてよ恥ずかしいもうすぐみんな来るよ」
 思わず止めようとして立ち上がり、気付いた。
 音の行程に併せて"ラルフ"が大きく振る手が、天井から下がっている蛍光灯をかすめる。
 この人、私より背が高いんだ・・・。
 立ち上がっても誰かを見上げてるなんて、新鮮な感じだった。


 耳慣れない発音の連続を、ラルフが滑らかに紡いでいく。シンプルだけど人なつこいメロディー・・・。


 「へぇ〜、ラルフって歌上手いんだぁ〜」
 いつからそこにいたのだろう、教室の入り口から、違うクラスの子が茶化すように声をかけた。
「いやあ、恥ずかしいです」
 少年のように笑うラルフに、私もつられて、少し笑ってしまった。




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タイトルはやっぱりジュリーから。ラルフってのは某ジャーマン・テクノのお偉いさんから。あと、今日からマのつくなんとやらについては僕はよく知らないのであまり突っ込まないようにお願いします(笑)。