『静かなまぼろし

 

「ふみおばちゃん、これあげる」
 幼い姪がにこにこと笑いながら、言った。
「なあに? 有希ちゃん」
 私は緑とピンクで描かれた拙い牛の絵の上に、広げた手を差し出した。
「な? 親父。やっぱり年金なんかアテにならないじゃないか。マンションに立て替えて正解だっただろ?」
 後ろのソファーで、兄の言葉にひびわれた父の笑い声が被るのが聞こえている。
「えへへ、お年玉だよ」
 姪が、握った手を私の掌の上に出してくる。
 その中にある何かを、潰さないように加減しているらしい。指と指の間、僅かずつの隙間――
 そこから、ふいに眩い光がこぼれ始めた。
「明日に出たんじゃ道が混んでしょうがないわ」
 兄を非難する義姉が、傾きかけた陽の影を手で作っているらしかった。
 ――姪が渡したのは、ひどく軽い金貨だった。手応えのない存在感。よく見ると、表面に"Merry Christmas"と刻印してあるのが判った。
「えへへ、開けちゃダメだよ」
 姪の言葉は、聴こえたような聴こえなかったようなーー。




 唐突に再生されはじめる記憶。




  まだなにも考えていなかった幼い頃。
  居間を抜け出して忍び込んだ兄の部屋。
  オレンジ色の陽の光が、塗り替えたばかりの洋服ダンスに反射して、変に明るかった。
  机の上の、飛行機のプラモデル。
  クリスマス以来、兄がそれを熱心に組み立てていたことを、私は知っていた。
  いったいどんなに素晴らしいものだろう――
  そうっと取り上げながら、鼓動が早くなっていくのを感じていた。


  しばらくいろいろな角度でそれを眺めていただろうか。
 「なんだぁ、ただのプラモデルだ」
  元に戻して――少ししてから、私は異変に気付いた。
  開いたまま接着剤で固定されていたコクピットの付け根が、脆くなっていた。
  無造作に扱ったから、どこかで無理な力がかかってしまったのだろうか――。
  急に恐くなってしまった私は、逃げるように部屋をあとにした。




 あれからしばらく、いつ兄に怒られるかとびくびくしていたっけ――。




「お前、大学はいつからなんだ?」
 我に帰ると、兄がこっちを見ていた。
「有名なカメラマンになって、いつかわたしたちを撮影してちょうだいね」
 義姉の、例年通りの台詞。
 ――私は言葉に詰まってしまった。
 兄はあのときのことを覚えているだろうか。
 知っていて、咎めなかったのだろうか。
「有希! まだそんなチョコのゴミなんか持ってたの!?」
 引き戻す義姉の言葉を、私は口をついて出た感謝の言葉で遮った。



 姪はただ、にこにこと笑っている。






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3割ぐらい、実体験を素にしている・・・と、言えないこともない、かな。タイトル元ネタはジュリーですが、ユーミンでもあるらしい。ジュリーのしか聴いたことないけど。