sasabou2009-01-05


「OCEAN RAIN」/ECHO & THE BUNNYMEN


 ECHO & THE BUNNYMENというバンドの佇まいはいつもどこかストイックだ。ストイックと言っても主義主張に凝り固まるようなそれではなく、目の前にいても眼差しがどこか彼方を見ているような、単なる間近なだけの価値観に囚われない、物事を大きな流れで捉えようとする意思。

 アルバム「OCEAN RAIN」の幕開けを飾るのは、ストリングスとアコースティック・ギターによるイントロから一気に疾走する"Silver"。結んだカーテンを窓から階下に降ろして、部屋をこっそり抜け出した夜の冒険・・・まだ見ぬ世界に胸躍らせ早まる鼓動に、同調するかのようだ。風を切るように手を大きく広げ、家の前からなだらかに続く坂を駆け下りて――




 このアルバムに限らないが、ECHO&THE BUNNYMENの一連のアルバムジャケットは、バンドの作る音の世界観や奥行き、スケールを見事に視覚化している。このバンドの音には「背景」があるのだ。バンドが描き出すのが、感情をもったキャラクターやその意思のみではなく、さらに奥行きがある。それは、人間をおびやかす自然の脅威のようなものと言ってもいいかもしれないし、あるいは運命のようなものと言ってもいいかもしれないが、思うままにならぬあらゆるもの・・・そういうものの中に身を置く歌の主人公はなにをするのか、なにを思うのか。 その様々な表情を描くことが出来るということに、このバンドの最も秀でた特質がある。あくまでメンバー4人のバンドサウンドを核に、そこにストリングス等の外的要素を絡ませて、圧倒的にドラマティックな、環境とそこに居る人間のワンシーンを描き出してみせる。

 風景が移り変わっていく。"Nocturnal Me"の奥行きの深い音の中で、走り出した少年の胸を、早くもしきりによぎる不安。かと思えば、まるで期待と不安が交互に押し寄せるかのように、"Crystal Days"ではまさしく煌めくような疾走感。そしてそのまま、暗闇で踊るマリオネットを思わせるような"The Yo-Yo Man"、アラブ風の異文化を思わせる音階で不気味に跳ねる"Thorn Of Crowns"・・・夜の闇とそこに射す月の光――深い陰影の中、"ぼく"は目にするものが現実なのかそれとも幻なのか困惑し始める。
すると、ふいに視界が開けた。月光を反射してきらきらと光る海に浮かぶ異国の船。船上の女が髪をゆるやかになびかせる。気のせいか目が合ったような・・・あの船の行く先は何処だろう? 海の向こうにはさらにまだ見ぬ七つの海が広がっているだろう。それはわくわくするようでいて、でもあまりに実感がわかなくて無性に恐くなるような――急に懐かしくなる自分の家。自分の部屋、自分だけの王国――少年はまた、走り出す。





 ひときわスケール感のあるロマンティックなヒット曲"Killing Moon"、軽々しいくらいポップな"Seven Seas"、ヴィンテージアンプで創られた、エッジの見え隠れするようなギターソロの味わいも豊かな、疾走する"My Kingdom"と、アルバムはハイライトを迎え、そして唐突なカット・アウトのように静まるタイトル曲"Ocean Rain"でフィナーレを迎える。穏やかでたゆたうような曲調は、まるで夜明けに夢うつつに見るカーテン越しの光のようだ。終わってみれば、疲れて戻ってきた少年が、もぐりこんだ部屋のベッドでいつのまにか朝を向かえたのか、それとも全てが少年の夢だったのか――どちらとも判然としない、ただ穏やかな朝。"Ocean Rain" =「どしゃぶりの雨」が降り注ぐように、光が無数に注いでいる。

 ECHO & THE BUNNYMENがどういうバンドなのか、一言で言うのはなかなか難しい。母国イギリスを飛び出して、あえてフランスという、いわゆる"シーン"の外で制作されたこのアルバムを、かつ潔く最高傑作として、そのまま長期の活動休止に至ったこのバンドの当人たちにとっては恐らく、ロックという出自であるとか、"シーン"の流れであるとか、そういったものは最終的にどうでも良かったのだろう。少年の頃に見る夢のような、いつか失くしてしまう美しさの永遠の結晶化のようなこの作品は、そのまま彼らの最高の成果だ。