琥珀の詩、ひとひら」('05)/田村ゆかり


 4th。2005年発売。



 全体に、いつもの(=パブリック・イメージと言ってもいい)「かわいい」「いかにも女の子」なゆかりんではなく、聴き手を誘惑するような、歌姫であり表現者である「田村ゆかり」がフィーチャーされている印象。他のアルバムにおいては、曲毎にバッキングの編成が著しく変わってしまったりするような、まさしく「田村ゆかり」を中心に据えた音作りなのだが、今回に限っては、こういう音作りをする、ある特定の「バンド」が存在していて、そこに田村ゆかりがボーカリストとしてフロントに立っているような、いわばバッキングと歌が等価値に置かれているような印象を受ける。「沢田研二&EXOTICS」ではないが、それだけどのアルバムよりもバッキングが一定して、しかし豊かな印象で、しかしそれに負けず、全体をグイグイと引っ張っていくゆかりんのボーカルの表現力にただただ圧倒されてしまう(・・・まあ、実際にはそんなバンドは存在せず、曲毎の演奏者はクレジットで見る限りわりあいにバラバラなのだが)。
 そういう意味で、他作品でも何曲かづつ収録されている「オルタナティブ田村ゆかり」路線(さっそく使ってみた)を前面に押し出している、と言っていいだろう。よく聴いていくと、その中からいつもの「かわいさ」が少しひねりの利いた形で浮かび上がってくるのもまたポイント。これはゆかりんの全アルバム中、このアルバムにのみ、しかも半数以上の曲の編曲でクレジットされている大久保薫氏のカラーなのだろうか。個人的には、何回聴いても発見があって、新鮮さが失われない、ゆかりんの全作品中で一番好きなアルバム。





 前々作の構成を継承して、「コハクノウタ」と題された、いくつかの小曲を挟み込んで全体をまとめあげた構成になっている。これらの曲に共通して使用されているコーラスのフレーズをちょうど中盤の「AMBER〜人魚の涙〜」でもさりげなく仕込んであったりして、このあたり芸が細かい。
 その第一編「コハクノウタ*目覚め*」のインド風味の、豊かなコーラスに圧倒されているうちに、本格的な幕開けを告げるような「Spring Fever」が始まってしまう。ゆかりんのアルバムはいつだってそうなのだが、本当に最初の一手が鮮やか。ダブルボーカルで幻惑するように"いつもより一個だけ胸のボタン/外してたギンガムのシャツの色"”違うわ きまぐれ Spring fever”と綴られるこの一曲は強烈で、このアルバムを象徴するような、オープニングにふさわしい一曲。「歌姫」と形容するに十分な歌で、今までになかったタイプながら、コーラスも艶やかに、安直な「ツンデレ」とはひと味もふた味も違った、濃密な「女の子」の色っぽさをほのかに漂わせた名作だろう。
 王道のポップソング「Ever-Never-Land」を挟んで、続く「Fallin' Into you」がまた凄い。アメリカンポップスのようなカラッとした主旋律とそれに絡むコーラスワークが絶品で、コンパクトながらツボを心得ためくるめく展開もあって、これもまた、これまでになかったタイプの曲。終盤、コーラスが追いかけてくるように入ってくるアレンジもまた洒落ている。





 ここまでの流れに違和感なく溶け込むシングル曲「夢見月のアリス」は、シングルリリースからは一年近く間隔が経っているにもかかわらず、ワルツのリズムに乗せて、まさしく夢見るようにファンタジーの世界に誘い込むれてしまうような曲想で、アルバムの流れをさらにスケールアップして展開させていく役割を果たしている。繰り返しのサビのラストでの「届きそう 届かない 面影は美しく」のゆかりんの声が切なく、美しい。ハンドクラップも気が利いている。
 さらに語りをフィーチャーした構成で「声優」田村ゆかりの美味しいところを活かした、このアルバムの鍵ともいえるちょっとした大作「AMBER〜人魚の涙〜」、"琥珀"という、アルバムタイトルとリンクするフレーズも登場し、フレットレスベースも幻想的なムードを演出する「fantasia」、前作の「きらら時間旅行」の延長線上といえる異国情緒な「薔薇のロマンセ 月のセレーネ」、腰の据わったドライブ感もたまらない、パンキッシュなパワー・ポップ路線「惑星のランデブー」など、あくまでバンドサウンドを基軸にした音作りで統一感を維持しつつ、イメージの違う、しかもこれまでになかったタイプの曲がメインに、次々に連なってアルバムのスケールがどんどん増していく様は圧巻で、ただバラエティー豊かなだけではない、「アルバム」を聴く興奮を味わうことが出来る。





 そして、ここへきて一旦熱を冷ますような「最果ての森」。バラードタイプの曲が、やっとここで登場する。どこか傷ついているような、常であればアルバム終盤での「異色作」(オルタナティブ云々ってヤツですね)に該当するようなタイプの曲なのだが、面白いのは、このアルバムのこの位置にあって、その意味合いが変わっているという点。どちらかと言えば落ち着いた印象ですらあり、このアルバムの特異さを示す一例と言えるだろう。通常のポップスのアルバムであればアルバム中盤でバラードを置いて一区切り付けておくのが定石で、こんな構成は変則的でありバランスも悪いのだが、ここまでの怒濤の展開が成立しているのもこれが理由だったりするので、これは致し方なしと言ったところ。





 ラストスパート、コーラス間のちょっとしたピアノフレーズが切なく味のある「コハクノウタ*祈り*」(こういうところも侮れないのだからつくづく感心してしまう)を挟んで、ゆかりんの歌を前面に出した静かな「心の扉」、シングル曲の別バージョン「Littele Wish〜First Step〜」(シングルの「〜Lyrical Step〜」ではなく別バージョン、というところにトータル感追求の意思が見える?)、そして力を抜いて、軽くスカ風味にステップする「picnic」で幕が引かれる。それまでの曲との感触の違いが気になる「Little Wish」ではあるが、この辺、アルバム終盤で構成に遊びをもたせているとも捉えられるあたり、なかなか上手い。実際、他に収まるべき場所も見当たらず、結局この位置で正解なのだろう。曲自体は打ち込み主体の王道ゆかりん路線で、シングルになるべくして、というより最初からそれ用にオーダーされたのだろう、「Baby's Breath」や「Lovely Magic」あたりから続く王道路線だ。




 以上全12曲、またしても全曲レビューしてしまったが、個人的には一番好きなアルバムだったりするので仕方ないよね?(笑) 
 全編、特にバッキングの充実、アイディアの詰め込み方が異常な密度で、その意味ではマニアックな支持もありそう。ただ個人的には、あくまで、細かいことにウルサイ「音楽通」や知ったかぶりの「音楽ファン」に向けて作られているのではなく、いち声優のアルバム、という位置づけにあってこの完成度、充実度が実現されているという点が嬉しく、またそのあり方が美しいと思う。なにより、それに埋もれてしまわないだけの存在感、表現力を持った「田村ゆかり」という表現者の姿が結果的にしっかりと浮かび上がってくるというのが、素晴らしいではないか。前作までのファンが望むものがこれであったか、といえば微妙だろうが、この、(ある意味での路線変更でもある)チャレンジは大いに評価出来るし、しっかりとした成果として結実していると思う。