三者的に見て、自分は音楽オタクなのかな?と、ふと思った。
ふと思ったその瞬間、それ、やだな、と思った。

世の中には「音楽ファン」なる言葉があって、個人的にはこれにすら拒否感を覚える。というか、この言葉の意味がよく理解出来ない。それって、なに? 「テレビファン」とか「読書ファン」とか言ってるようなもの? わざわざ「ファン」と言わねばならないほど、音楽って感覚を特化させて接するものなのだろうか。


僕は、自分の感覚を特化させて、自分の好きなものとつきあいたい気がしない。そんな無理のあるつきあいかたはごめんだ。音楽でもなんでも、あくまで一緒に、例えるなら、呼吸するようにつきあいたい。その作品があくまで万人に開かれているとするならば、独り善がりな楽しみ方で作品と接するなんて失礼だと思う。自分の趣味の範疇内で全てが判ずることの出来るものではないし、自分は「ニーズ」に向けて生産された「商品」を楽しみたいわけではない。楽しみ方を規定されたくない。




「萌え」でも「燃え」でも、あとからついてくる概念に過ぎない。それが先に立っちゃ駄目だろう。そすいうことに無頓着に、ただ消費するだけ、受け手に回るだけが「オタク」なら、僕はそんなものと一緒にされたくない。