「青空に揺れる蜜月の小舟。」('03)/田村ゆかり


 3rd。2003年発売。



 いきなり個人的な話で恐縮だが、私はだいたい毎年、「これ!」という歌手、アーティスト、バンドとの出会いがあって、それは例えばジュリーだったりジギーだったりボウイだったりチートリだったりするわけだが、2006年のそれは、ずばり「田村ゆかり」なのであった。そんな私が始めた触れたゆかりんのアルバムがこれ。ゆえに一番思い入れが深かったりする作品。前作をスケールアップして、さらに新しい要素を詰め込んで、バラエティーに溢れ、ボリュームもあり、ともかく「楽しい!」作品。「歌」を次々に演じ分けていくゆかりんが、実に頼もしい。



 前作と同じくアカペラから始まる「Primary Tale」で既に勝負は決まったようなもの。透き通るような、立体感のあるコーラスに誘われて、気付けば「小舟。」な世界に包みこまれてしまう。のっぺらぼうでない、ゆかりんの歌と一緒に呼吸するような軽快なバッキングもまた絶妙。「falling love falling love 初めての気持ちね」からはじまるブリッジの展開がまた粋である。エフェクトのかかった軽い掛け合いの声も、ありがちな「箱庭っぽさ」を軽減する良い効果になっている。続くシングル曲「Lovely Magic」も、いわゆる「ピュア」なキャラクターになりきった本人の歌唱のキュートさもさることながら("誰かを好きって パズルみたいで/同じカケラを取り合うふたりで なぜ? なぜ?"のくだりなんて、してやったりという感すらある)、全編に張り巡らされたシンセ音の絶妙なデジタルちっく・ギザギザ音色がまた適度に耳を刺激して、ポップスとして実に巧いアレンジだと思う。めくるめく展開の「大好きと涙」もまた、本人のキャラクターを前面に押し出した快作。イントロのエフェクトのかかった"・・・大好き。"という第一声から、次の展開を期待せずにはいられない強烈なフックになっている。そして続く、つぶやくように、ブレスのひとつひとつまでがシズル感を演出する洒落た小曲「フルーツ」、どこか気怠げで、どこかの酒場のBGMにでもなってしまえそうな本格ジャズの「きらら時間旅行」(誰が声優のアルバムでこんな気の利いたホンキートンク・ピアノ→サックスなんてソロを聴けると予想出来ただろう!)大空をゆったりと舞うような感覚に浸らせる、清涼感ある「Snow bird」・・・アルバム前半だけでこの充実ぶり。前作のボリュームすら、この時点で既に超えてしまったと言って良いと思う。



 「月華」でのひとときのクールダウンを経て、「眠れぬ夜につかまえて」ではまたゆかりんのキャラクターを前面に、はじけるような楽しさ。この曲、さりげなく派手に行き来するベースラインがまた肝ですな。
 つづく「虹の奇跡」「恋歌姫」は、似たようなテンポの曲が続くので正直多少ダレなくもないが、聴き込むほどにまた各曲の味わいも見えてくるというもの。時間をおいて再度聴き返したとき、中盤にあって、カロリー高めな前半と、アルバム終盤の大団円を繋ぎ、全体をさりげなく支える屋台骨のような役割を果たしているのはこの流れであることに気付く。



 終盤。ざっくりとした、ザラついた感触の「不可触な愛」は、オルタナティブ田村ゆかりとでも名付ければいいのだろうか、今後の裏・定番となっていく路線の第一弾。いつものキャラクターとは違った、切実な想いを封じ込めたような
ゆかりんの歌唱が新鮮。他と一線を画す硬質なバッキングが、序盤抑えられ、展開とともにフィーチャーされていくという構成もまた世界観を演出している。そしてラスト、純パワー・ポップの「Honey Moon」。本人作の何も考えてないような(※褒め言葉です)詞をのせた鮮やかな幕引きが、アルバムの構成を引き締めて、実に上手い。「ライブ用」域を超えた、アンセムとすら呼べる逸品だろう。




 ・・・って、気付いたら全曲レビューしてるよ? まぁいいや。上記読んでもらえば分かる通り、バッキングの配置が絶妙で、トータルのプロデュースもよく練られている。また、概観して、どこか「俯瞰」視点の目立つ詞の世界観でもあり、基本はラブソング集ながら、そんな「falling love」な自分の姿をもまたどこかいろいろ眺めて楽しんでいるような、浮遊感がある。これは往年のジュリーのアルバムなんかと非常に良く似ていて、スタイルや曲単体の世界観に溺れることなく、軽やかに、しかしまとまって様々な世界を見せることができる、夢見るような「スター」のオーラの幻覚すら見せてくれる素敵なアルバム。その意味で「女の子」に偏りすぎないジャケット写真もトータルイメージの一環として非常に優れている。ともかくも、「アイドル声優」のアルバムがこれだけ豊かな印象を残すなんて、全く予想だにしなかったこと。全体を通して、描かれる感性が「スレて」ないのもまた清々しく、活き活きしているのも良し。あの「エヴァ」以降こっち、病んだ雰囲気を弄ぶようなサブカル病に取り憑かれている作品が多い中、この突き抜け方はなかなか爽快。



初心者はまずここからどうぞ、と胸を張って薦めたい。傑作です。



・・・れ、自然と一番長いレビューになったみたい。まあそれもまた良し、ですかな(笑